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風の祭事記

風の祭事記 ~祭り、イベント訪問記~

筑波山神社春季御座替祭

春と秋に筑波山神社で行われる例大祭で、筑波山最大で重要な祭りになっています。山神輿、時代絵巻のような渡御はとても勇壮です。

・場所 : 筑波山神社、筑波山
・開催日時 : 4月1日
・スケジュール : 9時頃山神輿出発、10時半頃神社拝殿にて奉幣祭、14時半頃六丁目の鳥居で神幸祭、御神輿出発、16時頃神社到着
・備考 : ーーー
*開催場所、日時、内容等は年によって異なる場合があります。

*** 筑波山神社春季御座替祭の写真 ***

筑波山神社春季御座替祭の写真
山頂駅での出発前

神輿と交換用の衣が出発を待っていました。

筑波山神社春季御座替祭の写真
山登りの様子

交代で担ぐものの、大変です。

筑波山神社春季御座替祭の写真
男体山の本殿付近

最後の階段はしんどそうでした。

筑波山神社春季御座替祭の写真
男体山の本殿にて

衣替えの神事とお払いが行われます。

筑波山神社春季御座替祭の写真
女体山の本殿にて

こちらでも同じように神事が行われます。

筑波山神社春季御座替祭の写真
下りの様子

この年は所々に雪が残り大変でした。

筑波山神社春季御座替祭の写真
神幸祭の様子

時代絵巻のようでとても美しい行列です。

筑波山神社春季御座替祭の写真
坂道の渡御

かなりしんどいです。そして狭いです。

筑波山神社春季御座替祭の写真
旅館街を進む

道路に出ると神社まではもう少し。

筑波山神社春季御座替祭の写真
三代将軍家光公奉納の御神橋

年二回、御座替祭のときに渡れるそうです。

筑波山神社春季御座替祭の写真
子供神輿

途中からの参加でしたが、頑張っていました。

筑波山神社春季御座替祭の写真
神事

最後に拝殿内で神事が行われます。

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* 筑波山神社春季御座替祭について *

世界的にみれば4月1日といえばエイプリルフール。となるのでしょうが、年度初めの大事な日にあたる日本では新しい法律や制度の適用と重なるので、そんな不真面目かつ紛らわしい行事が一般的になるはずもなく、話のネタにぐらいしかなっていなかったりします。要は日本文化的というか、お役所暦でいえば、4月1日は正月にあたる日となるのでしょうか。また衣替えの日とも知られ、色々な節目という事で、この日は神社のイベントが多く行われています。

茨城県の筑波山は関東地方に人が住むようになった頃から、信仰の対象として仰がれていたほど古くからの霊峰です。万葉集にも「二神の貴き御山と神代より人の言い継ぎ」と書かれているそうです。そんな古代山岳信仰の聖地として崇められてきた筑波山にある筑波山神社は国内屈指の古社となり、男体山頂(871m)の磐座に筑波男大神(伊弉諾尊)、東峯女体山頂(877m)の磐座に筑波女大神(伊弉冊尊)が祀られていて、中腹付近に拝殿や社務所の歴史を感じる建物があります。

この筑波山神社では毎年4月1日と11月1日に御座替祭という行事が行われます。この行事は筑波山神社の例大祭にあたり、筑波山で最も重要な祭りとなります。この御座替祭というのは、筑波山山頂にある本殿の神衣祭(神様の衣替え)、拝殿で行われる奉幣祭、氏子地域を御神輿が練り歩く神幸祭の三つのお祭りの総称です。

でもよく考えると、これでは御座替祭と名前が付いていながら神様のいる場所(御座)が替わるという行事になっていなかったりします。これは麓にあった六所神社(里宮)との間で御座を移したことから御座替祭と呼ばれるようになったとか、親子の神が春と秋に交代したとか、色々な説があるようですが、いまいちよく分かりません。

御座替祭の行事を個別にみていくと、まず神衣祭から祭りが始まります。朝、ケーブルカーで山用神輿などが山頂駅まで運ばれ、山頂駅→男体山→山頂駅→女体山→下社の順で回っていきます。山用の御神輿は軽くつくられているとはいえ、足場の悪い山道なので大変です。場合によっては地面が凍っていたりもするので、特に下りはかなり危険です。

それぞれの本殿に着くと、ここで神主によって神衣祭が執り行われ、社の内部に鎮座するご神体の神衣が交換されます。どんな神衣なのかは社殿内での儀式だったので見えませんでした。ただケーブルカーが動いていない時間に男体山の儀式は行われるので、見学しようと思うなら歩いて登る必要があります。また山頂は寒くて儀式の間じっとしているのも大変です。祭事を行っている人達も大変ですが、見る方も結構大変だったりします。

山頂で神衣祭が行われている頃、拝殿では奉幣祭が行われます。これは見ていないので詳しくはわかりませんが、拝殿に神社本庁の献幣使(けんぺいし)を迎えて執り行われる祭事で、宮司の祝詞、献幣使の祭詞が奏上され、春はかがいの舞、秋は浦安の舞が巫女によって奉奏されるといったものです。基本的に御座替祭は春と秋で同じ事をするのですが、この巫女舞だけが違うようです。

山から御神輿が戻った頃、筑波神社から少し麓に降りた一の鳥居のすぐ脇にある仮宮で、神幸祭前の神事が行われます。その神事が終わると神幸祭の行列が神社に向かって出発します。先頭は猿田彦で袴姿の氏子や大神輿、宮司、巫女、山神輿などが続きます。この神幸祭は山頂で取り替えた神衣を神輿に納め氏子区域を渡御し 地域の発展と家々の平穏を祈るといったもののようです。

行列は昔ながらの格好をしているし、周囲の風景も基本的に素朴なのでなかなか絵になっているかと思います。でも普通に登ってもきつい坂を御輿などを担いで登るので大変です。特に大御輿を担いでいる人達は見ている方もしんどくなってくるぐらいきつそうでした。

またこの日に限り三代将軍家光公奉納の御神橋(県指定文化財)を渡ることができます。行列が通り過ぎた後に渡ると(渡らなくてもいいけど)、出口付近で巫女さんが紅白まんじゅうを渡してくれます。そして最後に拝殿に衣が入り、神事が行われます。

訪れた感想としては、やはり勇壮な祭りといった感想となるでしょうか。朝から筑波山を御輿が歩き、そして夕方には昔ながらの神幸祭が麓から行われと、一日がかりで筑波山を広く使って祭事が行われるからです。それとともにこういった行事が今なお地元の人々によって続けられているのに感心してしまいます。特に山御輿は町中の御輿と違って観客はたまにすれ違う山歩きをしている人ぐらいなものです。そういった静かな中をひたむきに御輿を担いでいる姿を見ると、地域の絆、筑波山や筑波神社への愛情の強さを感じてしまいます。

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<風の祭事記 筑波山神社春季御座替祭 2012年1月初稿 - 2016年2月改訂>