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風の祭事記

風の祭事記 ~祭り、イベント訪問記~

五所神社 十二面神楽(山武市)

江戸時代から伝わる神楽が地元の保存会によって継承され、素朴な雰囲気の祭りで奉納されています。

・場所 : 五所神社(山武市蓮沼イ1904)
・開催日時 : 2月第3日曜日
・スケジュール : 13時~15時神楽、終了後湯立神事
・備考 : 市無形民俗文化財
*開催場所、日時、内容等は年によって異なる場合があります。

*** 五所神社 十二面神楽の写真 ***

五所神社の十二面神楽の写真
五所神社の様子

幟が立てられ、出店も並びます。

五所神社の十二面神楽の写真
種蒔の舞

種をまき、育てる舞です。

五所神社の十二面神楽の写真
恵比寿と大黒大神の舞

鯛を吊り上げるやつです。

五所神社の十二面神楽の写真
お菓子まき

恵比寿様と大黒様が撒いていました。

五所神社の十二面神楽の写真
出雲大神の舞

刀を使った舞で、最後に場の綱を切ります。

五所神社の十二面神楽の写真
縁起物の争奪戦

神楽が終わると色々と配られます。

五所神社の十二面神楽の写真
湯立て神事

神楽の後に行われます。

五所神社の十二面神楽の写真
湯を被る神職

これは熱そうでした。

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* 五所神社 十二面神楽について *

九十九里の沿岸に山武市があります。九十九里浜は長い砂浜で、その沿岸地域は平地が続き、辺り一面田畑が広がっているといった風景となっています。もちろん駅周辺や国道付近には民家などが並んでいるわけですが、それを外れると本当にのどかな風景ばかりです。そういった周りに何もないような場所に五所神社があります。

五所神社は承安元年(1171年)の創建と伝えられています。現在の本殿は正徳元年(1711年)に建てられたもので、桃山時代の面影を残し、多くの平面的な彫刻が施されている点などから千葉県の有形文化財に指定されています。拝殿も古めかしい建て物で、宝暦11年(1761年)の棟札が残っているそうです。

この五所神社では毎年2月の第3日曜日に十二面神楽が奉納されています。江戸時代の延享3年(1746年)に山形に移封されていた堀田正亮が旧領だった佐倉藩に戻ることができた祝いに五所神社に米を奉納し、その返礼として近隣の神社の神官たちが神楽を奉納したのが始まりとなるようです。その後、大正年間に本村川面区の人々に伝承され、昭和50年になって保存会が結成され現在に至っています。

神楽は13~15時の間に行われ、当日は8座が奉納されます。短い時間なので慌しくなりがちですが、間に合わなければ時間が過ぎてもいいや。演目を減らしてもいいし。といった田舎ならではのとてものんびりした村祭りといった雰囲気の中で行われます。

神楽は一般的な形で猿田彦の露払いから始まります。まずは神楽殿(場)を清める舞で、「われは猿田彦なり」と言いながら場の四方を踏みしめていきます。その後は年によって違うのか、毎年一緒なのかわかりませんが、鈿女命、荒神、八幡大神、秋之神、種蒔、恵比寿と大黒大神、最後に出雲大神(須佐男命)となっています。

現在神社に保管されている神楽面は猿田彦の命、鈿女の命、荒神、岩戸之舞、八幡大神、秋之神、種蒔、恵比寿大神、手力雄之命、乙女之命、榊葉、神功皇后、春日明神、受持之命、出雲大神など十五面あるそうです。多くの面の由緒はわかっていませんが、八幡舞いの面の裏面には天明2年9月吉日(1782年)江州日野町(滋賀県琵琶湖周辺)にいた外池惣兵衛が奉納されたと記されているようです。

恵比寿と大黒大神の神楽の後に餅まきが行われ、最後の出雲大神が終わると境内の一角では湯立神事が行われます。これは煮えたぎった湯に笹を入れ、その笹を振り、その湯がかかると一年間病気にならないといった神事です。見ていると一番神主さんが湯を被っていました・・・。千葉ではこういった湯立てが多いようです。

実際に見たのはこの湯立て神事と神楽を最後の三座だけでしたが、のんびりした土地で、のんびりした雰囲気の中、のんびりと行われる村祭りだったなといった感想でした。

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<風の祭事記 五所神社 十二面神楽 2012年3月初稿 - 2016年2月改訂>